Mature紀行⑤ダ・ヴィンチとフランソワ1世

フランス文化の開花はフランソワ1世がレオナルド・ダ・ヴィンチをロワール渓谷のクロリュセ城に招聘してからだとも言われています。ロワールの古城巡りでまず訪れたかったのはこのダ・ヴィンチの館、そしてロワール屈指の美しさとと言われるシャンボール城です。フランソワ1世が文化保護のみならず軍事、外交上においても世界史においておおきな存在であったことをあらためて実感させられる旅でした

🔳ダ・ヴィンチの館ことクロ・リュセ城

この地でダ・ヴィンチはモナリザには何度も手を加えており、亡くなる前に最終的な「完成がしていなかった」と言われているそうです。ダ・ヴィンチは最晩年の3年間をこの地で弟子や友人と過ごし1519年になくなりました。フランソワ1世の腕の中で息を引き取ったと語り継がれるほど王とダ・ヴィンチは親しい間柄で有ったよです。

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🔳ダビンチの寝室と臨終の瞬間

ダビンチが設計に関わったとも言われているシャンボール城を訪れました。建築上の見所の1つに、二重らせんの階段が挙げられます]。2つの階段を使えば、相手に出会うことなく3階まで昇り降りができるのです。

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🔳ダ・ヴィンチ設計の二重螺旋階段:シャンポール城

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シャンポール城を訪れその景観を楽しみながら中にはいるとまず目についたのは「金蘭の陣」の絵が飾ってあるのが目につきました。1520年、ルネサンスを代表する二人の君主、仏王フランソワ1世と英王ヘンリー8世の会見が行われました。実際会見は仏カレー近郊で行なわれたのですがここではフランソワ1の外交史を紹介するために飾られていました。レスリングをしてフランソワ1世が勝ってしまったのでヘンリー8世は怒って帰ったとも言われています。すごい話ですね。ここでは騎乗の中央がヘンリー8世(黄色衣装)、左にフランソワ1世。Netfrixオリジナルドラマ[血と愛と王位」ではそのレスリングの模様やその時英仏の通訳を務めたアンブーリンが描かれています。アンブーリンが仏宮廷で働いていたjことからロワール古城周辺でも暮らしており、その後金蘭の陣で初めてヘンリー8世に会ったそうです。英国史を大きく変えた英国国教会の確立というエポックの予兆がこの頃に見られたということでしょう。

🔳「金襴の陣」7 June 1520: 仏王と英王はなんと、レスリングを行った。

🔳1535年頃「フランソワ一世の肖像」ジャン・クルーエ:ルーブル美術館収蔵

英国王ヘンリー8世 :1547年1月没  

仏国王フランソワ1世:1547年3月没  

さらに二人の外交に関わる絵画といえば当時イギリス宮廷画家のホルバインの傑作『大使たち』。この人たちは一体誰?と思いながら鑑賞している方も多いと思います。フランソワ1世がロンドンへ派遣した大使たちであり、その目的は英国史のなかでバチカン離脱に関する重大なミッションであったといいます。下手のゆがんだ頭蓋骨で有名な作品ですがヘンリー8世とアンブーリンが再婚した1533年に描かれ、イギリス宗教改革の混乱を暗示しているようです。

🔳1533『大使たち』ハンス・ホルバイン:ロンドンナショナルギャラリー収蔵

ルーブル美術館を訪れた翌日に、ダ・ヴィンチそしてフランソワ1世の文化、外交の歴史にふれる旅でした。

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