上野の杜ブログ「大晦日・年越しの上野」

ゆく年くる年をぼんやり眺めながら家内に声をかけられた。もうそろそろじゃない?

紅白が終わったらすぐに出ようと思っていたのだが、気づけば朝までさだまさしがはじまっている。家内に促されるがままに、ひとり自転車に乗る。

ゴォーンと大小の鐘の音が四方八方から聞こえてくる。谷中には鐘を持つ寺社が多い。

例年、谷中界隈の瑞林寺や妙行寺で甘酒と鐘撞きで季節の風物詩を楽しむが、今年は五條天神社と不忍池辯天堂にお参りに行こうと思う。

五條天神社はお参りの行列が不忍通りにかかるくらいにできていたので、はじめは辯天堂からお参りすることにした。

多くの参拝者たちが線香を供えていたため、並ぶ間はとても煙たかったが、普段これほどご利益のある煙を浴びることもないからと目に涙を溜め咳き込みながらしばらく列に並んでいた。5分くらいだろうか、すぐに本堂にてお参りができた。合掌。

新年にしかないお守りなどもあり、簡易的にできた授与所も大賑わいであった。大黒天様にもお参りさせていただいた。

続いて五條天神社へ。

参拝者の行列も徐々に落ち着き、境内にはお焚き上げの様子が見える。

鯔背な纏のお兄さんが、満遍なく火が行き届くよう大きな木の位置を整えていた。その木を整えるたびに大きな火の粉が舞う。

大変、美しく、この瞬間だけは、この世のありとあらゆるものが清められる気がした。

季節の風物詩とは、生き甲斐だ。除夜の鐘もいい。寒風の中で飲む甘酒も、お汁粉も、、熱燗もいい。

近年、除夜の鐘がうるさいとクレームが入り、鐘撞きを断念するお寺もあるという。季節の四季折々の風景に生きがいを見出すわ私からすれば残念なことではある。だが、伝統だからしかたない、文化だから従えではなく、小さな声をしっかり受け止めるお寺の他者への意見への敬意はさすがだ。お寺からの敬意を示されたのなら鐘撞きの騒音を指摘したものも敬意で応えrば、きっと世知辛い世の中も少しはよくなるのかなぁ、と炎上する木々から空に舞う火の粉に、少し先のいい未来を想像した。

お参りの後は、御神酒を頂戴し、おみくじを引く。お汁粉のチケットもいただき、新年早々、温かいスタートとなった。

今の号はコラムのようにしてみました。拙文、ご笑覧いただきありがとうございました。

皆様、本年もよろしくお願い申し上げます!龍が如くエネルギーに満ちた1年にしましょう!🎍🌅🎍

東京文化ライオンズクラブ
L一ノ瀬健太

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