NYまち歩き紀行「夢集うまちを照らす自由の女神」

気分はすっかりニューヨーカーのL一ノ瀬です!今回は、誰もが知っている自由の女神について紹介いたします。NYに自由の女神があることは知っていたのですが、実際に近くで見に行くとなると一苦労もふた苦労もいるんですね!

ニューヨークのシンボルといえば、自由の女神を思い浮かべる方が多いでしょう。この壮大な銅像は、アメリカ合衆国の自由と希望を象徴する存在であり、世界中の人々にインスピレーションを与えています。今回は、この自由の女神にまつわる歴史、訪れるためのちょっとした冒険、そして自由の女神美術館の魅力についてお話しします!

自由の女神の歴史

自由の女神は1886年にフランスからアメリカへの贈り物として設置されました。この像は、フランスとアメリカの友情を記念し、独立100周年を祝う象徴としてデザインされました。フランスの彫刻家フレデリック・オーギュスト・バルトルディが設計を手がけ、内部の鉄骨構造はエッフェル塔で知られるギュスターヴ・エッフェルが設計しました。その姿は、右手に掲げたたいまつと左手に抱えた独立宣言の銘板によって自由と平等の理想を表しています。

自由の女神が歴史的にどのようにNYに送られ、どのように製造されたのか勉強になりました

等身大の足!

自由の女神を見に行く冒険

自由の女神がそびえ立つリバティ島へ行くのは、単なる観光以上の体験です。まず、マンハッタンのバッテリーパークから船に乗る必要がありますが、その前に空港並み—いや、それ以上の厳しいセキュリティチェックを通過しなければなりません。私もファスナーが付いた上着を脱がされ、穴あきのセーターが丸出しになり赤っ恥をかきました。皆さんはぜひ穴の空いていないインナーを着ることをお勧めします。まるで海外旅行に出発するかのような厳重さに驚かされますが、それもこの特別な旅を一層印象深いものにしてくれます。

自由の女神行きの始発船に並びました。多くの人が並んでいました。

船に乗り込み、ハドソン川を進むと徐々に自由の女神がその全貌を現します。その光景は、写真や映画で何度も見たことがあるはずなのに、実際に目の当たりにするとその迫力に圧倒されます。青空を背景に輝く自由の女神を見ていると、アメリカという国の偉大さや、その歴史の重みを感じずにはいられません。

自由の女神美術館の魅力

リバティ島には自由の女神美術館があり、この象徴的な像に関する深い知識を得ることができます。美術館では、自由の女神の設計過程や建造の背景にまつわる展示が充実しており、フランスとアメリカの協力によってどのようにこの壮大なプロジェクトが実現したのかを学ぶことができます。

ニューヨーカーの精神

自由の女神とその美術館を訪れた後、感じたことがあります。この街には、さまざまな背景を持つ人々が集まり、それぞれの夢を追いかけながら、力強く生きています。彼らの原動力となっているのは、自由を求める情熱と不屈の精神です。「ニューヨーカーに不可能はない」という言葉が生まれる理由を自然と肌で感じられた気がします。

自由の女神はただの観光名所ではありません。その存在自体が、人々に希望と勇気を与え、挑戦し続ける力を思い出させてくれるものです。ニューヨークを訪れる際は、この象徴的なスポットで、アメリカの歴史と未来を感じる旅に出かけてみてはいかがでしょうか?

自由の女神の後ろ姿を見ることはあまりないですね

L一ノ瀬

上野の杜ブログ「冬の寒さの中でうっとり。美しく咲く上野東照宮の牡丹たち」

冬の澄んだ空気の中、上野東照宮ぼたん苑で開催される「冬ぼたん」は、毎年多くの人々を魅了しています。2025年の開催期間は、1月1日(水)から2月24日(月)までとなっており、関東最大級の規模を誇る40品種160株の冬咲きぼたんが、訪れる人々を迎えます。

入り口はこちら。参道の門付近にあります。

牡丹は、その豪華な花姿から「百花の王」と称され、古くから人々に愛されてきました。花径は10~20cmにもなり、花弁が幾重にも重なり合う大輪の花は、見る者を圧倒します。花色も赤、白、ピンク、黄、紫など多彩で、その華やかさは一見の価値があります。

冬ぼたんの特徴は、霜よけのための藁囲い「わらぼっち」とともに展示される点です。この藁囲いに包まれた牡丹の姿は、冬の風物詩として親しまれています。また、苑内では冬の七草などの新春を告げる草花も展示され、冬の庭園に彩りを添えています。

やはり注目すべきは、色とりどりの牡丹たち。ふっさりとうっすらとしていて、それでいて気品が漂う花弁が特徴的です。雪が降っていたらまた白銀の世界に鮮やかなアクセントを加えるのでしょう。

上野東照宮ぼたん苑の開苑時間は、午前9時30分から午後4時30分まで(入苑締切)となっており、入苑料は大人(中学生以上)1,000円、団体(15名以上)800円、小学生以下は無料です。

冬ぼたんを堪能した後は、ぜひ隣接する上野東照宮に足を運び、お参りをしてからお帰りください。歴史ある金ピカの社殿で今年の運気も爆上がりすること間違いなし!

冬のひととき、上野東照宮ぼたん苑で美しい冬ぼたんと新春の花々を愛で、心豊かな時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。


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上野公園・駅伝記念碑で二宮金次郎ラン!!!


大変お世話になっております^_^


ヒストリンク(https://histlink.net/)の齊藤でございます。1月13日に二宮金次郎ランという企画を、花のお江戸の上野公園で初めて行いました!

徳川家を楽しむ会、日光エリアで地域振興を手掛けるモグローカル(https://mogulocal.com/)で行いました💨

二宮金次郎へのリスペクトを持ち、背中に背負い物を乗せて(あるいは抱えながら?)走る企画😸6人が集まり、上野公園で楽しく走りました🍓


バトンを薪🪵で代用するなど、駅伝スタイルでも行いました^_^

二宮金次郎像は、かつては学校の玄関先や庭に多数設置され「勤勉の象徴」のようなイメージも強いです^_^


それだけでなく、金次郎は努力をしたことで藩財政の立て直しを行い、地元の小田原藩だけでなく栃木の今市(日光市)や真岡にも足跡を残しています!

二宮金次郎ランにより、金次郎、ひいては地域の歴史に関心を持つ入口が広がればと✨

次回は2月2日11時より約1時間半、実施予定です⭐️動きやすい格好で、上野公園の西郷隆盛像前にご集合ください🪵🙂

ご興味ある方はご参加大歓迎!定員などは特に設けませんが、集計などのためできるだけ、
worldwithhistlink@histlink.net
まで開催までにご一報いただけましたら幸いです✨

ヒストリンク(https://histlink.net/) 齊藤

【白耳義(べるぎー)物語 その5】

東京文化LCのL木村です。


1月は音楽院の試験期間真っ只中です。
フランス語の筆記による音楽史の試験、比較芸術史のフランス語での口頭試問、副科のピアノの試験、また音楽院とは別に通っている語学学校のフランス語の筆記、リスニング、会話の試験などなど…。

これらの試験はすでに受け、残すところは重要な声楽の実技試験のみとなりました。

学科の方は音楽史にしても、比較芸術史にしても、まず「フランス語で」という前提があるので、フランス語で作曲家の生涯や作品の解説を覚えた上で、フランス語で書いたり喋ったりするというのが何よりもハードルが高く、クリスマスからお正月に掛けての2週間の休暇中は常に頭の片隅に1月には試験が…という意識がありました。

特に大変なのは音楽史で、この前提条件に加えて範囲も20世紀の音楽史という、普段はモーツァルトやベートーヴェン、それからオペラではヴェルディやプッチーニなどの音楽に親しんでいる自分にとって、オリヴィエ・メシアンやブーレーズ、クセナキス、「4分33秒」という無音の作品で有名なジョン・ケージなど、名前は知っているけど作品は演奏したことがないし、ましてほぼ聴いてこなかった作曲家のオンパレードで、これが更に難易度に拍車を掛けていました。

まずは日本語の文献やらYouTubeでの解説動画を見たりして歴史としてのストーリーを把握し、それからフランス語のテキストと照らし合わせながら覚えていく、という方法で勉強しました。

結果的に普段自分が慣れ親しんでいる音楽とは違う時代の作曲家を開拓でき、20世紀の音楽ということで、今自分の生きている時代に直結した音楽の流れを勉強できて面白かったです。
特に音楽史のテストのリスニング問題でも取り上げられたフランスの作曲家のメシアンによる「世の終わりのための四重奏曲」は第二次世界大戦下にメシアンが捕虜として過ごした収容所で作曲、初演されたという話も含め、とても胸を打つ作品です。

YouTubeのリンクを貼っておきますので、ぜひお聴きください。
https://youtu.be/QAQmZvxVffY?si=wRuB_91ZMQt9cPMO

比較芸術史の方もシェイクスピアの舞台作品に加えて、イタリア未来派、ダダイズム、シュルレアリズム、そしてアンディ・ウォーホルなどが題材で、これから美術館に足を運んだ時の見方が変わるだろうなと思う内容でした。

さて、そんな試験のことが頭の片隅にあったクリスマス〜お正月のバカンス期間ですが、なるべく頭の隅の隅にその考えを追いやって、楽しい時間を過ごしたりもしました。
カテドラルに友人のフランス人のテノール歌手のコンサートを聴きに行ったり、

色んな友達の家のご飯に招かれたり、

大晦日は幕間にシャンパン付きのオペレッタを観に行ったりしました。

このところクスクスを食べる機会がよくあり、チュニジア人のピアニストの友達がチュニジア風のクスクスを、


アルジェリア人のソプラノ歌手の友達がアルジェリア風のクスクスを

作ってくれたりと、食べる度にその奥深さに思わず唸ってしまう料理です。
ヨーロッパは外食は高いので、クリスマスには自分も家に友達を招いてビーフシチューを作ったり、

大晦日には日本から持ってきていた蕎麦で年越し蕎麦を作ったりしました。

1月末は音楽院の声楽の試験があるのでその準備をしつつ、2月には外部でのオペラのオーディションがあったりと、どんどんチャレンジしていく月になりそうです。


次回もどうぞお楽しみに!

L木村雄太

上野の杜ブログ「新年はトーハクでヘビパワー!!!」

あけましておめでとうございます!旧年は大変お世話になりました!

さて新年早々、ここ上野では巳年にふさわしいイベントが東京国立博物館で行われています!その展示の模様をご紹介いたします!

東京国立博物館では、令和7年(2025)の干支・巳年(ヘビ年)を祝して、「博物館に初もうで―ヘビ~なパワ~を巳(み)たいの蛇(じゃ)!―」が1月2日から1月26日まで開催されます。

華やかな生花がお出迎えしてくれます!

古来、ヘビは大きな口やうねる動き、脱皮を繰り返す生態などから不思議な力をもつ存在として捉えられ、多くの神話や伝説、宗教、美術に登場してきました。とりわけ日本においては、豊穣をもたらす水神や財を司る弁才天の使いとされ、そのフォルムの美しさも相まって絵画や工芸、彫刻など多様な作品のモチーフとされており、畏怖と共に縁起の良いものとして扱われてきました。

 第一会場
第二会場

本特集では「シンボルとしてのヘビ」「ヘビのかたち」「ヘビと祈り」「物語のなかのヘビ」といったテーマで、古今東西の作品を紹介します。アンコール時代のナーガ上のブッダ坐像や台湾パイワン族の祖霊像、自在蛇置物など、ヘビをめぐる信仰や文化を物語る貴重な資料が一堂が豪華に集結しております。早速その一部を写真と共にご紹介いたします!

中でも、私としておすすめなのがこの作品です。

下から覗きましたら、すごい迫力です!蛇に睨まれたように縮こまりました!

そして、こちらの弁財天坐像です。ふくよかな顔立ちに癒されます。頭の上に宇賀神がいらっしゃいますが、これは宇賀神の最古の作例とのことで大変貴重なものでもあります。

不忍池にも辯天堂がありますので、ぜひお帰りの際はこちらにもお立ち寄りください!

人間の想像力を掻き立ててきたヘビの多彩な魅力を感じながら、新年の訪れを祝う特別な機会となります。

会場では展示品リストや関連リーフレットも用意されており、ヘビがもたらすパワーを存分に楽しめる内容です。新年の幕開けを、ミステリアスかつ奥深いヘビの世界とともに過ごしてみてはいかがでしょうか。

おまけ…

毎年恒例、国宝・長谷川等伯の松林図屏風も隣の展示室にて展示されております。合わせてぜひご覧ください!

白梅太鼓の演奏も行われてました!

本年もよろしくお願いします。

東京文化LCメルマガ デスク

初ニューヨークに行ってきました!

東京文化LCのL一ノ瀬です。

現在NYのチェルシー地区にあるギャラリーの立ち上げを行っており、昨年末にNYに行ってまいりました。1月末オープンですので、NYにいらっしゃるライオンの方はぜひご連絡をください。

初めて参りましたNYの感想ですが、まぁ、とにかく規模がデカい!

ほんとにデカい!

終始その大きさに驚き続ける毎日でした。

浪人時代から憧れ続けてきたNY!まさにアメリカ文化の中心地!世界の政治、経済、文化、芸術の中心地でもあります。

私事で恐縮ですが、私の人格はほぼこの国の1940~1960年代の映画で作られていると言っても過言ではありません!

『三十四丁目の奇蹟』、『踊る大紐育』、『ウエスト・サイド物語』、『真夜中のカーボーイ』、『十二人の怒れる男』そして『ティファニーで朝食を』の舞台がここにあります!

オードリーヘプバーンが飛び出てきてもおかしくない!?
これが!100万ドルの夜景!『踊る大紐育』ではエンパイアーステートからの眺めでしたが、こちらはロックフェラーセンターからの眺めです

なんと言っても、一番はとにかく、フランク・キャプラ!

私の青春時代は彼とともにありました。

『素晴らしき哉、人生!』は座右の映画です。ニューヨーク州の架空の町が舞台とはいえ、ニューヨークの温かいコミュニティが描かれるクリスマス映画の超定番でもあります。その地にこの時期に訪れられたことは、本当にありがたいです。

小中学校の頃に教科書で見た数々の場所、あの頃は自分とは縁の遠い世界だと思っておりましたが、こうしてご縁をいただき訪れることができました。おかげさまで前よりちょっと世界の出来事が身近に感じられるようになりました。

自由の女神、国連、ブロードウェイミュージカルとテレビの先の世界を目の前に見てまいりました!

まちの至る所にミュージカルの広告が映されています
初ミュージカルは『CHICAGO』。僭越ながら、ミュージカルが私の身体の一部になった気がしました!
ミュージカルの後は、ブロードウェイにあるギャラガー!憧れのニューヨーカーの生活を一瞬ですが、追体験しました!

昼夜眠らずに変革を続けるこのまちの怒涛のエネルギーに圧倒されながら、片隅に残る古き良きアメリカのミッドセンチュリーな部分を垣間見つつ、キャプラが描いたヒューマニズムの精神やアメリカのモノの考え方などの多くを学べた気がします。

国連。教科書で見た景色がそこにありました。日夜、職員の方が汗水を流されていることも勉強になりました。

高校生の頃にテレビで見た衝撃のシーンは今も記憶に残っています。その地を訪れ祈りを捧げてきました。

ジョン・レノンのイマジンが本当に身近に感じられました。

人種、宗教の垣根を越え、心の底からすべてのいきとしいけるものが幸せでありますように!みなさんがとってもホカホカな気持ちで、ハッピーな年始をお過ごしください!

!!!

L一ノ瀬

合同会社アートカルチャー・カンパニー
https://www.artculture.company/

2025年NHK大河ドラマ「べらぼう」を語る!

新年あけましておめでとうございます!
東京文化ライオンズクラブ、歴史調査チームの
ライオン鈴木(盆踊りDJ鈴木)です。

今回はいよいよ始まる大河ドラマ「べらぼう」の主人公
「蔦屋重三郎」について。
どんな人でどんな人生だったのかを解説します!

○蔦重(つたじゅう)ってどんな人?
蔦屋重三郎の生誕は寛延3年(1750)
10代将軍徳川家治や老中田沼意次の時代に活躍しました。
重三郎の生まれ育った吉原は
当時一大文化サロンとしても栄華を極めており、
ここで当時のビジュアル観光本『吉原細見』の発行で人気を掴みました。
47才で亡くなる長命とは言えない人生ながら
錦絵の二大巨頭「喜多川歌麿」や「東洲斎写楽」を育てるなど
“知られざる奇跡の名プロデューサー”として近年脚光を浴びています。

○蔦重の時代はどんな時代?
重三郎が活躍した時代は江戸時代中期〜後期、
年号でいうと「安永、天明、寛政年間」に当たります。
主な政権担当者が田沼意次-松平定信-徳川家斉と移り変わっていくのですが、
“ワイロ政治”でおなじみの田沼、清貧思想の松平、
文化文政時代の絢爛放漫で有名な家斉…と、
政治の中心が交代するごとに方針が真逆に変化します。
その変化は
・老中田沼意次の奨励により江戸文化が花開く
・直後の松平定信期には「寛政の改革」により綱紀粛正が図られる
・その後の徳川家斉の大御所時代に再び文化が爛熟する
「化政文化時代」がやってくる…といった具合に。
黄表紙本や大首絵など新しい文化が次々に生まれ、
幕府はその統制に苦慮していく時代で、
この流れと外国船の到来が後の幕末へと繋がっていく
「さきがけの時代」ともいえる時期でしょう。
蔦屋重三郎・山東京伝のコンビが仕懸文庫を出した
寛政3年(1791年)には
林小平が「開国兵団」を出版しています。

蔦重はそんな目まぐるしい時代を上手に立ち回り、
本人は化成時代の前に亡くなるのですが、
養子を迎えた二代目蔦屋はその後も引き続き栄えていきます。

【黄表紙本】
黄表紙本は、重三郎の時代に流行した
風刺やユーモアを含む絵入りの小説や戯作のことを指します。
恋川春町『金々先生栄花夢』などが有名で
時の政権を昔話のパロディで紹介するなど
ブラックユーモアを含んだ作品も数多くありました。
それまでの草双紙は子供向けのものしかありませんでしたが
黄表紙本は当時の知識人である武士が名前を変え執筆し
当時の流行である数多くの浮世絵師が挿絵を手掛けるなど
時代を誇る一大文芸となりました。
蔦屋重三郎は、ライバルの鱗形屋が出版した黄表紙や戯作本に
大いに刺激を受け、自身も黄表紙本を多く出版しました。
恋川春町『金々先生栄花夢』(1775年)
山東京伝『江戸生艶気樺焼』(1785年)
朋誠堂喜三二『文武二道万石通』(1788年)
恋川春町『鸚鵡返文武二道』(1789年)

などが黄表紙本の代表作といえます。
その他にも数多くの作品があり、
現代の我々にも通じるユーモア感覚があるため
読書するのも一興であるかと思います。
ちくま学芸文庫の『江戸の戯作文庫』などは
入手しやすい黄表紙の一例です。

【蔦重はどのように出世した?】

もともと吉原に生まれ育った重三郎は
生まれ故郷でもあるこの土地で「耕書堂」という
小さな本屋を開きました。
当時の貸本屋は「鶴鱗堂」が最王手で
吉原の解説本(吉原細見)も独占状態だったのですが、
鶴鱗堂が今でいう著作権法違反を起こし
吉原本の一時出版停止状態になる事件があり、
この隙に蔦重は彼独自の吉原細見『一目千本』を出版。
鶴鱗堂と入れ替わるようにして世に登場してきました。
この本はそれまでにはなかったビジュアル要素を取り入れ、
判型を大きく見やすく。そして誌面から余計な装飾を削り
ページ数をスリム化して一冊を廉価に販売できる工夫を
凝らすなどして大変な評判を呼んだそうです。

その後も重三は時代の流行をうまく読み、
富本節ブームが起これば富本節に関した本を出版するなど
世間の流行にうまく対応し、
松平定信による綱紀粛正(寛政の改革)のときには
財産の半分を没収されるなどの憂き目に逢いますが、
それに負けることなく経営を続け安定化させるなど、
先見の明と不屈の精神を併せ持つ
稀代のヒットメーカーでした。
「江戸煩い」と呼ばれる脚気を発症し
寛政9年(1797)年に47歳の若さで亡くなることになりますが、
この世を去る3年前にも東洲斎写楽の大首絵を出版するなど、
精力的な活動は晩年まで変わりませんでした。

現代人の我々にとっても学びの深い「蔦屋の重三」。
混迷する令和日本のこの時代に大河ドラマの主役に選ばれるのも
納得の人選といったところでしょう。

私たち歴史調査チームは引き続き大河ドラマ
「べらぼう」を応援しながら江戸文化を深掘りしていきます!
盆踊り活動含め、2025年は大阪万博などにも関連して盛り上がる企画を打ち立てていきますので、引き続きよろしくお願い致します!

L鈴木

名古屋市・大須の「大須明王フェス」に「歴史屋台」を出店!

新年あけましておめでとうございます🌅

東京文化ライオンズクラブとコラボレーションをしておりますヒストリンク・歴史を楽しむ会グループ代表の齊藤太一です。

ヒストリンク(https://histlink.net/

新春にぴったりな!?大河ドラマでも話題の江戸時代繋がりの話をお届けします。


ヒストリンク・歴史を楽しむ会グループは、24年12月28日に名古屋市・大須の「大須明王フェス」に「歴史屋台」を出店しました!

コスプレ歴史ごみ拾いを出店前に行い、サブカルx歴史x環境を組み合わせた活動を名古屋で初実施しました。

歴史屋台では、名古屋の経済発展を加速させた江戸時代の殿様・徳川宗春の武将印(御朱印の人物版)を初売りしました。宗春は、25年1月4日放送の「新・暴れん坊将軍」(https://www.tv-asahi.co.jp/abarenbo-shogun/)でなんとあのGACKTが演じます。

宗春の武将印は、以下のリンクからご購入できます✨
☆レキシアソビ☆
https://world-history-shop.stores.jp/

新年あけましておめでとうございます!
歴史チームの盆踊りDJ鈴木です。
本年もよろしくお願い致します:D

昨年12/28(土)名古屋大須商店街にて
尾張・名古屋を作り上げた名大名”徳川宗春公”とコラボした
歴史屋台イベントをを行いました。
大須商店街では毎月28日に縁日があり、
土日と被る28日には「ニッパチ祭り」という盛大な縁日になります。
このイベントに先日から交流のある「NPO法人宗春ロマン隊」の松井さんや
大須商店街の担当の方と打ち合わせをし、武将練り歩きなどを行いました。

【徳川宗春公とは】
徳川宗春公(1696年 – 1764年)は、
江戸時代の尾張藩七代藩主です。
彼は徳川吉宗とほぼ同時代の人で、
吉宗の進める享保の改革の質素倹約・緊縮財政に対抗し、
庶民のための規制緩和・藩のための経済活性化を目指して
お祭りを奨励し歌舞伎の一演目である「豊後節」を登場させたり、
自身も前進黒づくめに裏地が赤色のド派手な着物、2mの長さのキセルを咥えて
お城に登城するなど奇抜で斬新な行動をする大名でした。
また彼は死罪を禁じて民を慈しむなど当時としては極めて開明的な視点を持ち、
彼独自の政治哲学を「温知政要」という書にしたためました。

1/4の新春ドラマ「新・暴れん坊将軍」ではあのGACKTが宗春公を演じることになっています。
今までの暴れん坊将軍では悪役として書かれてきた宗春公ですが、
今回はどのような姿で描かれるのか注目です。
実際の姿は民を愛し尾張の未来を見据えた名君主でしたから、
傾奇者であり知的である宗春公の真の姿に迫る名演を期待しております。

L鈴木

白耳義物語 その4

東京文化LCのL木村です。


12月になりクリスマスマーケットも始まり、いよいよ今年も残りわずかになってきました。
生きていれば色々ある、ということでまずは最近起こった事件についてお話します。

先週、よく行く学生用スーパーに並んでいました。学生には助かる、安価な品物が取り揃えられているお店で、月水金曜日の17時から19時のみ開いているのですが、人気なためいつも開店待ちの列ができています。その日は珍しく列もなく、みんなまばらな感じで店の前にいたので、自分もリュックを背負って開店を待っていました。


そして店が開き、店内に入ってふとスマホを見ると「クレジットカード利用のお知らせ」というメールが届いていました。

今クレジットカードを使っていないからおかしいなと思い、メールを開くと学生用スーパーからそう離れていないところの店名が書かれていました。

咄嗟にリュックを見ると、チャックが開いている、そして財布がない!!

なんと財布は並んでいる間に盗られていたのです。

すぐさまクレジットカードの利用停止手続きを行い、メールに記載されている店まで走って行きましたが時すでに遅し。

店員に聞いても不審な人物は見かけていないとのことで警察署に行きました。

パスポートは無事だったのですが、財布には現金、キャッシュ・クレジットカードの他、最近ようやく手に入れたベルギーの滞在許可証も入っており、あれだけ苦労して手に入れたのに…とうなだれていましたが、警察官はとても良い人で(事情を話した後、日本に友達がいて浅草で寿司屋をやっているよ、と談笑しました)、また滞在許可証も警察署でもらった書類を市役所に出したら10日間くらいで再発行できるとのことで、財布を盗られた翌日の朝早くに市役所に行きました。

市役所の担当の人も以前の手続きの際にお会いしており、お気の毒に…という感じでスムーズに書類を受け付けていただけました。

ベルギー生活にもだいぶ慣れてきたため、油断していたなと反省ですが、幸いなことに被害額はそこまで大きくなく、そして皮肉にも警察官や市役所の方とのやり取りで、ベルギーに来た当初よりもフランス語が話せるようになっているな…と感じました。

というわけでこの一週間は大変でしたが、もちろんここ最近も楽しいこともありました。
まずはクリスマスマーケットです。


11月下旬からリエージュのオペラ座付近に華やかなクリスマスの店が並びます。


色々美味しそうな食べ物の屋台がありますが、なかにはこんなユニークなものもあります。


そしてこのクリスマスマーケットの名物は「ヴァンショー」というホットワインです。


このところとても寒いベルギーですが、そんな中飲むヴァンショーは心も体も暖めてくれます。

そしてこの記事を書いている前日は音楽院の声楽科のコンサートがありました。



自分はメンデルスゾーンの作曲した「エリア」という作品の中のソロ曲や、コール・ポーターという作曲家のミュージカルからデュエット、ほかにもアンサンブルも歌いました。


コンサートの最後には声楽科の先生も合わせて全員で「We Wish You a Merry Christmas」などのクリスマスキャロルを合唱しました。
こちらは声楽科の友達や、舞台演技の授業の先生との写真です。


さてメルマガでこの記事が配信されるのは1月ですので、皆様今年もどうぞよろしくお願いします!


この一年が皆様にとって良い年になるようにお祈りしております。


次回もどうぞお楽しみに!

p.s.
最近わが家のすぐそばでよく見かける猫の写真を載せておきます。
毛並みも良くて上品な猫です。

金色のイチョウに包まれて建築探訪!

 

東京文化LCのL一ノ瀬です

日が出ていると汗ばむくらいに温かい日が続きます。かと思えば、寒くなったりと体温管理が難しい今日この頃です。

私の周りも体調を崩されている方が続発しており、1~2週間ずーっと鼻声の方に囲まれながた過ごしております。忘年会シーズン、コロナは終息したとはいえど、例年通りにインフルエンザがでたりと体調管理にはますます気をつけないといけませんね。

さて、上野界隈の文化を紹介する文化の杜ブログですが、実は東大もまた上野に近いことをみなさんご存知でしたでしょうか?かくいう本郷キャンバスは不忍池に隣接していると言ってもいいくらいに近くにあります。

東大キャンバスは一般の方も出入り自由で、多くの子連れで賑わう人気スポットでもあります。今回、いつものんびりしている広場に行きましたところ、期間限定で木のないところにツリーハウスができておりました。多くの子どもたちが登ったり、降りたり、中の休憩スペースの窓から顔を出して遊んでおりました。

正門から安田講堂まで伸びる道は多くのイチョウで囲まれており、海外からも多くの方が映え写真を撮影しにきてました。黄色に染まったイチョウの葉を集めて、空にパッと投げる様を撮影してました。

沿道にはイチョウで彩られたキャンバス内の様子を描く画家の皆さんも散見されました。

絵になる回廊の様子です。明治時代から変わらぬ佇まいに歴史を感じます。

ゴシック様式の建築は、東大建築を語る上で欠かすことのできない内田祥三によるものです。大正から昭和にかけて活躍したコンドルの教え子の辰野金吾、そのまた教え子の佐野利器に学びました。

内田は、安田講堂をはじめ東大総合図書館、東大法学部3号館など東大構内にある多くの建築に関わりました。

内田は、関東大震災で家を失った人たちの住居として、鉄筋コンクリートのアパートメント(同潤会アパートメント)を設立します。今当たり前にある鉄筋コンクリートもこのアパートからスタートしたと思うと感が深いものがあります。

温かい日差しの中ではありましたが、不忍池の木々も色づき、秋から冬への訪れを感じました。

東京文化LC L一ノ瀬