Mature紀行③バルビゾン村

パリから南へ約60キロ、美しい田園風景を抜けていき広大な農地にやってきました。だれもが見たことのあるような情緒あふれる農場です。ノスタルジアを感じているうちに左にかけてあるモザイク画を見るとその情感はそこはかとなく膨らんで行くのではないでしょうか。

■ミレー『晩鐘』の農地

19世紀のフランスの風景画家グループがこの村に集い活動をしていたため彼らは”バルビゾン派”と呼ばれていました。この時代、チューブ絵具の発明により戸外での自由な写実ができるようになり芸術家たちはたちはこの村の美しい自然の中で写生をはじめました。

この村では画家ミレーのアトリエ謙住居が有名ですのでさっそく訪れてみましたが、敷地内には誰もおらずお休みかとおもったところ、ミレー―の子孫であるという管理人さんがちょうどお昼休みから戻ってきて鍵をあけてくれました。故に流れとしては私とガイドさん2人でアトリエを独占できるという幸福な時間を過ごすことができました。ここにはデッサン画が残されており『晩鐘』『落穂ひろい』にさしで対面することができました。

■ミレーのアトリエ(筆者)

中学時代に初めてミレーの絵画を見てコピーを部屋に飾っていた私にとっては感無量、予想だにしなかった展開でした。田園風景がとても寂しく、地平線がとても遠く、この農地は彼らにとっては途方もなくひろく過酷であったであろうと。モノクロ写実のすごみにくわえ、『落穂広い』の下にある木靴が物語ります。硬くて、重くてこれでは足の皮膚は固くなりマヒしていたに違いありません。たくましく生きる農民に宗教的意味合いを持たせた、崇高さを表現したと言います。アトリエを見ていくうちにさらに感動したのはゴッホのコメント。ゴッホはミレーを尊敬し、複製を手に入れ何度も模写することによって自身の画家としての境地を切り開いていったそうです。パンフに記載の英語では”For me,it is Millet, the essentially modern painter,thanks to whom the horizon has opened up for us”とゴッホが言ったと書いてあります。

■Mille vs Van Gogh

もうひとつ紹介したいのが村の美しさです。この村の人口は約1500人あまり、世界中から観光客がくる事で有名であるというものの夏のとある日曜のお昼時、村の中心がこのような人通りでした。19世紀のレンガ造りの家屋を見ながらゆっくり石畳を歩くと心がみたされます。昭和天皇が訪れたという由緒あるレストランもゆったり。他のお客さんから話しかけられてきます。「来年東京にいくけどどこかおすすめですか」と「あなたたち(バルビゾンを楽しんでいる文化好きのあなたたち)はきっとUENOが好きですよ。」と”Oh, U-E-NO、 Thank you!  We should go to UENO.”と楽しかった会話が思い出されます。

■ゆったりバルビゾン村歩き

バルビゾンの美しい村に高揚し そのおかげで感性も研ぎ澄まされ すばらしい作品群に出会いました。現代のバルビゾン派Herve Turpinという画家です。自然や森を描くその光と色づかいが私の情緒感をたっぷり楽しませてくれました。ミレーのアトリエの出口付近に飾ってありましたので紹介します。19世紀にくらべるとすこし幸せの予感がします。

■現代のバルビゾン派Hervé Turpin,

東京文化ライオンズクラブ

L 城戸正幸

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です