文化リレーコラム #1

新型コロナの影響で、どこもかしこも自粛ムードが漂っていますが、自然は我関せずで春が来れば自ずと花も開きます。江戸から桜の名所としても名高い上野公園では桜も満開を迎えております。

美術館や博物館も軒並み休館しておりますが、オンラインで世界中の美術館が見れるようになっております。災い転じて福となす、といいましょうか、Googleのサービスであるこちらのサイト(Google Arts & Culture)で私もフランスのオルセー美術館散策を堪能いたしました。

フランスのオルセー美術館

さて、近年、GoogleをはじめとしたIT企業がアートを積極的に取り入れていますが、誤解されている点があります。それは社員に色や形といったいわゆるデザイン的な感性を磨いてもらうためにアートを取り入れているわけではないということです。実際、彼らが求めているのは、固定観念を打ち崩すイノベーションです。既存の考え方にとらわれず自由に発想するためにアートを導入しています。

こうした発想の転換に私は、禅に通じるものを感じます。固定観念を打ち破る発想というのは欧米のアートシーンにあるだけでなく、すでに私たちの文化に禅というかたちであるのではないでしょうか。ただそれを私たちが忘れているだけのような気がします。私がLCの皆さんとともに行いたいこと、それは日本文化のルネサンス、すなわち令和の文藝復興です。

芸術鑑賞を「見ること」から「考えること」へ変えた、現代アートの父とされるマルセル・デュシャンに先立つこと400年、千利休がすでにそれを実践しておりました。この機会に、欧米のアートを無批判に礼賛するのではなく、まず脚下照顧し、私たちの古き良き日本文化をもう一度見つめ直すいい機会なのかもしれません。

当時の茶席では、唐物などの舶来品が用いられておりましたが、そこに竹を切っただけの簡素な花入れや、桶などの日常生活の道具を利休が新しく導入したときに、価値の転換が図られました。「野に花のある如く。」これは利休が語ったことばですが、当時の桜は林にあるのが通常だったといいます。何もない原っぱに堂々と一本の桜が立っている。野原に桜がある、その違和感こそ、当たり前の価値観を揺さぶる利休の”アート”だったのでしょう。

国立室戸青少年自然の家にて制作された防災壁画「室戸Vaporwave」

今あるものの成立背景を考え、茶道をはじめとした剣道や花道、香道、柔道、武士道…などなど。道がつく日本文化の源流を辿り、私たち自身の文化的ルーツを振り返ることで、結果として、自分自身を知ることにもつながるのではないでしょうか。

自クラブのみならず、歴史ある他クラブの先輩Lからも厳しくも愛のある指導を日々ありがたく頂戴しております。文化芸術という自分の得意分野でLCを通じ社会に貢献して参りたく存じます。 まだまだLC歴の浅い若造ではございますが、引き続き、ご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

子どもたちとワークショップを行う筆者(室戸青少年自然の家にて)

東京文化LC通信デスク:いっちー

・東京藝術大学大学院後期博士課程

・文化庁芸術アソシエイツ、地方創生アーティスト(日本全国で壁画制作などを展開)

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