【白耳義(べるぎー)物語 その24 最終回】

東京文化LCのL木村です。

先日の日本でのコンサートにお越しくださった皆様、ありがとうございました。

無事にベルギーに到着して、9月からの仕事に備えて準備中です。

7月末から8月中旬にかけては色々な所を転々としていました。

まずは前回のメルマガに引き続き、7月末は南フランスのヴィルフランシュ=ド=ルエルグでの「フィガロの結婚」、「オルフェオとエウリディーチェ」の公演がありました。

フィガロは計5回、オルフェオは計4回の公演で歌いました。

世界各地から集まった、才能豊かな歌手の皆さんとご一緒できて楽しかったです。

そして南フランスの公演の後、そのままエストニアに向かいました。

写真はぼやけていますが、首都タリン空港近くのエストニアの国旗です。

今回は1日だけの滞在で、目的は9月からの家を決めることでした。

エストニアに着いたのは深夜2時ごろ、ホテルで少しだけ寝て、朝6時発のバスに乗り、エストニア第二都市のタルトゥへ。

南フランス滞在中にネットで内見の申し込みを10件近く送ったのですが、最終的に返事が来て内見を取り付けたのは1件のみ。

そのため朝一で出かけてタルトゥの不動産屋に向かいました。

不動産に行くと担当してくれた方がとても親切で、当日中に見に行ける物件が一件あるとのことで、ネットの物件と合わせて二件内見に行きました。

最終的に不動産が紹介してくれた物件が立地、家賃、清潔感等々良かったので、そちらに決めました。

これで物件が決まらなかったらわざわざエストニアに一日立ち寄る意味はあるのかなどと考え、なかなかハラハラでしたが、無事に住む所が決まって一安心でした。

前回のエストニアでのオーディション時に立ち寄った、素敵なカフェにもまた伺いました。

その後、ベルギーのブリュッセル空港に向かい、リエージュの自宅に立ち寄ることなく、日本行きのフライトに搭乗。

今回は中国系の航空会社を使いました。

周りの友人たちから中国系飛行機は快適だったよ、と聞いていたので初めて使いましたが、料金が安い、ロシア上空を飛べるからフライト時間が短縮されるなどの長所があったので、また使おうかなと思います。

日本では日本食を沢山食べたり、温泉に行ったりしましたが、その間に東京と大分でいくつかのコンサートに出ました。

自分の故郷の大分では、別府の温泉地、鉄輪(かんなわ)で芸術祭を行ったり、

宇佐市の清水寺(せいすいじ)の本堂でクラシックコンサートを行ったりしました。

東京ではリエージュ在住のチュニジア人ピアニストのアデルと、二人でコンサートを行いました。

「Errance〜彷徨の情景」というタイトルで、マーラーの「さすらう若人の歌」など、今年音楽院で勉強した曲を中心にプログラムを組みました。

色んな方々から好評でとても嬉しかったです。

日本のお客様の前で演奏することは自分にとって特別で大事な時間と感じるので、これからも一時帰国の際は演奏会を行いたいと思います。

南フランス、エストニア、日本と過ごして、2ヶ月ぶりにリエージュの自宅に帰ってくることができ、ようやく一息です。良い旅でした。

さて今回の「白耳義(べるぎー)物語」の横に最終回と書きましたが、それも9月からエストニアに引っ越して歌手として劇場勤務になるからです。

というわけで、次回よりタイトルも一新してメルマガの執筆を続けたいと思います。

エストニアは漢字で「愛沙尼亜」と書くらしく、そのまま「愛沙尼亜(えすとにあ)物語」というタイトルにします。

「白耳義(べるぎー)物語」のご愛読、ありがとうございました。

次回からの「愛沙尼亜(えすとにあ)物語」もどうぞお楽しみに!

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